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中村弁護士コラム 第77回

JCOM社株式取得価格決定事件の最高裁決定

弁護士 中村直人

平成28年7月1日、JCOM社の完全子会社化に伴う全部取得条項付種類株式の取得価格の決定に関する最高裁の決定がなされました。結論は原決定破棄、原々決定取消です。下級審の決定はいずれも取得者側が決定した価格を増額修正していましたが、最高裁は、取得者側が決定した価格を支持しました。

事案は、JCOM社の大株主が完全子会社化を図り、平成25年2月26日に1株12万3000円での公開買付けを公表し、会社側もそれを推奨しました。続いて同年6月28日開催の株主総会で全部取得条項付種類株式関連の決議を経て、8月2日にその取得をしました。しかし丁度この時期、アベノミクスが始まって、日経平均が8000円台から急上昇していた時期でもあり、一部の株主が不満を持って価格決定の申立をしたところ、下級審決定は、公開買付価格は公表の時点では公正な価格であったが、その後株価指標の上昇傾向があったので取得日までの補正をすべきだとして、13万0206円を適切な価格だとしました。

これに対し、最高裁決定は、「一般に公正と認められる手続により上記公開買付けが行われた場合には、上記公開買付けに係る買付け等の価格は、上記取引を前提として多数株主等と少数株主との利害が適切に調整された結果が反映されたものであるというべきである。そうすると上記買付け等の価格は、全部取得条項付種類株式の取得日までの期間はある程度予測可能であることを踏まえて、上記取得日までに生ずべき市場の一般的な価格変動についても織り込んだ上で定められているということができる。」とし、この場合には「取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じたと認められるに足りる特段の事情がない限り、上記株式の取得価格を上記公開買付けにおける買付け等の価格と同額とするのが相当である。」と判示しました(なお、東宝事件東京高裁平成28年3月28日金商1491号32頁も同旨)。

スクイズアウトの手続は何ヶ月もかかりますから、手続を始めてから取得日までに相当の期間が経過し、経済情勢が変動していることは生じ得ます。価格決定の申立があった場合、裁判所が決定するのは「取得日」の価格ですから、一見すると取得日までに経済情勢が変動していれば、取得日時点での評価に修正するという考え方もありそうに見えます。しかし、価格の決定は、公開買付けの前に、第3三者委員会の審議などを経て決められるものです。多くの場合はDCF法なども参照し、将来の経済情勢なども織り込んで事業計画や利益計画を元に価格を算定しています。しかもその価格は、公開買付け価格であると同時に、全部取得条項に基づく取得価格でもあるのです。したがって、ここで算定された価格は、当然、取得日時点でも公正な価格として算定されているので、最高裁決定がいうとおり、取得日までのことは織り込み済みなのです。

そういう目先の理屈もありますが、本決定の最も重要な点は、「一般に公正な手続を踏んでいれば、それによって算出された結果を尊重すべきだ」という考え方に立っているところです。小池裁判官の補足意見では、「裁判所は、買付け等の価格という取引条件の形成に関わる手続の公正について的確に認定するという点で特に重要な機能を果たす」といっています。

以前は、裁判所は、取得価格を決定するのが仕事となれば、ひたすらその価格はいくらであるべきかということを考えました。しかしここでは、関係者が適切な手続を踏んでいるかを検証し、そこに問題がなければそこで算出された価格を尊重するという姿勢を取っています。審査の対象が「価格」それ自体ではなく、「手続」に移ってきているのです。こうなりますと、関係者としては、一般に公正と認められる手続を取っていれば、原則としてその結果は裁判所でも尊重されるということになり、予見可能性は相当高くなります。つまり経済活動が安心して行えるというメリットが生じます。また裁判官の個性によって判断が分かれる恐れも格段に下がります。

さらにここでは「一般に」公正な手続といっていまして、法律で定められた手続とは言っていません。本件でも従っていたのは経産省が公表したいわゆるMBO指針です。これは法律でも何でもありません。つまり最高裁の決定の考え方によれば、こういう法律以外のいろいろな基準も、それが社会的に公正なものと認められていれば、それが事実上ルール化し、それに従っていれば適法と認められるということを示しています。ソフトローが拡大する現代において、また極めて専門化が進んだ世界において、このような実務的な基準が裁判においても一種の規範として力をもつ道を開いたことになります。これは変化の激しい経済界において、自分達で迅速に適切なルールを作っていけることを意味しています。とても意義あることです。

なおこういう手続重視、予見可能性重視、裁判所の後見的役割重視の傾向は、最近顕著です。有利発行かどうかについてのアートネイチャー事件最高裁判決(平成27年2月19日民集69巻1号51頁)、独立当事者間取引を尊重したコーエーテクモ事件最高裁決定(平成24年2月29日民集66巻3号1784頁)、子会社株式の減損処理で判断の合理性を基準とした三洋電機事件判決(大阪地裁平成24年9月28日判例時報2169号104頁)などです。これらは、いわば裁判所が自ら主体的・積極的に判断をしに行かないということですから、一部の学説には判断の放棄だなどといわれることもありますが、しかしこと経済に限っては、実務界で形成したルールを尊重することで、取引の予見可能性が高まり、引いては経済の効率性は高まるのですから、歓迎すべき方向だと思われます。

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