中村直人弁護士コラム 第105回
内部統制システム構築義務の拡大・強化
弁護士 中村直人
内部統制システムというのは、その実質はリスク管理態勢である。そのためどのようなリスクを認識し、その管理態勢を構築するかは、経営方針・経営計画によって定まり、またコスト見合いでもあるから、基本的には経営判断原則により広い裁量が認められる。裁判例でも、この義務の違反で責任が認められた事例は少ない。
しかし最近の立法事例では、そのような状況ではなくなりつつある。立法の仕方として、昔は、不適切な行為に関しては、それを禁止する規定を置くのが通例であった。単純に公務員に賄賂を渡してはいけないとか、横領をしてはいけないとか、カルテルをしてはいけないといったタイプである。
しかし最近では、会社に対して、そのような不適切なことが起きないような内部統制システムの構築を義務づける立法が増えている。それには2種類あり、業法で定めるタイプのものと、個別のテーマで定めるものがある。たとえば、業法では、銀行法13条の3の2(顧客利益保護体制整備)、金商法35条の3(業務管理体制整備)、電気事業法23条の4等、多数あり、個別法では、個人情報保護法(17条以下)、男女雇用機会均等法11条、労働施策総合推進法30条の2以下、公益通報者保護法11条2項、外国為替及び外国貿易法55条の10、環境基本法8条などがある。個別法は、企業にとって重要なリスクはほとんどカバーしつつある。
直接的な禁止規定だと、その名宛人は、その行為をする役職員個人である。その命令は「違法行為はするな」である。違反しても捕まるのはその違反者だけだ。しかし後者では、名宛人は、その会社・取締役であり、義務の内容は「内部統制システムを構築せよ」である。こうなると、経営者は、法が定める水準以上の内部統制システムを構築していないと、法令違反になってしまう。もう、経営の裁量などといっていられないのである。
さらに言うと、最近は、内部統制システム構築義務と明記していないけれども、官公庁に対する報告義務を定めるものが多くなっている。すでに述べた各種業法のほか、消費生活用製品安全法(重大製品事故)、食品衛生法(リコール制度) 、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(健康被害等)、道路運送車両法(リコール)、個人情報保護法(情報漏洩等)、労働安全衛生法(労災事故)など多数に及んでいる。報告義務があると、その会社は、報告事故が発生した場合に速やかに担当部署に情報を伝達する仕組みを構築しないといけない。その情報伝達の仕組みは、まさに内部統制システムの中核である。内部統制システムというのは、リスクを認識し、それを担当部署や経営者が適切に把握し、対処する仕組みだからである。したがって、報告義務が定められると、内部統制システムの構築義務が定められたのと同じ効果が生じる。
最近不祥事が発生すると、マスコミ等から叩かれる事案が多発しているが、その多くは情報が迅速かつ適切に経営トップに届いていないからである。なぜ報告体制がしっかり構築、実施されていないのか。それは社内規程で各種の報告義務が定められているが、その全体像を役職員達がまったく理解していないからだと思われる。たとえば、報告義務の規定は、業務規程・役員規程等のレポーティングルール、リスク管理規程、コンプライアンス規程、内部通報規則(通報義務がある場合)、情報管理規程等の個別規程、BCP関連規程など、およそ相互に無関係な規程に散らばっている。これでは現場の営業マンや工場の作業者などが何かの情報に接したとしても、それを報告すべきか判断できるはずがない。まずは全体像を一枚の紙にまとめて、こういう場合には誰にどのように報告するのか、しっかり理解してもらうことだ。
さらにいうと、これらの報告義務の法律は、公表義務とも密接な関係にある。公表のルールもそれぞれの法律のガイドラインなどで定めていることが多い。最近の自動車関連や健康食品関連の不祥事などを見ていると、この報告と公表の体制がしっかり社内に理解されていないことが最大の原因であると思う。しかも今やそれは経営の裁量の問題ではないことに気づいておく必要がある。
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