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中村直人弁護士コラム 第102回

「企業買収における行動指針」について

弁護士 中村直人

今年の八月に、経産省(公正な買収の在り方に関する研究会)が、「企業買収における行動指針」を公表した。その結論は「望ましい買収が活発に行われること」である。望ましい買収とは、企業価値・株主共同の利益が向上する買収である。

本指針は、望ましい買収が活発に行われるために、具体的な行動のルールを示している。対象会社の取締役は、真摯な買収提案があれば、真摯にそれを検討して取締役会に報告・付議等しなければならない。その諾否は、企業価値等が向上するかどうかで判断しなければならず、それは将来キャッシュフローの現在価値という定量的な価値基準でなされなければならない。そして過去の株価水準よりも相応に高い買収価格が示されている場合には、十分検討しなければならない。従業員や取引先の利益は、この定量的なキャッシュフローに反映済みであり、彼らに企業価値が帰属するわけではない。そして交渉は、株主に有利な条件を目指して行われなければならない。交渉に際しては、過度に詳細な質問をするなどして買収を阻止するために情報請求の仕組みを濫用してはいけないし、取引先株主等に優越的な地位に乗じた働きかけをしてもいけない。買収防衛策も、経営陣にとって好ましくない者から経営陣を守るためのものではない。

このように詳細に対象会社の取締役がしなければいけないことや、してはいけないことが細かに定められている。従業員の利益は株主価値のひとつの間接要因に格下げされており、株主主権型の仕組みになっている。買収防衛策にはかなり否定的であり、これからは敵対的買収という用語も使用せず(「同意なき買収」になった)、敵対的買収防衛策という用語もなくなった(「買収への対応方針」になった)。

ここでは従来の思考の順序が否定されている。以前は、買収を敵対的か友好的かに分け、敵対的買収はけしからん等という議論があったが、そのような思考はなくなる。取締役は、まず企業価値等が向上するかどうかを判断し、向上するならば、それに賛成して推進しなければならない。価値が向上する買収に関して反対するという選択肢はなく、すべては企業価値等の向上の有無というメルクマールだけである。

もともと過去の企業買収に関する諸指針も企業価値向上を唱えていたので、その路線は同じである。しかし今回の指針は、かなり具体的な行動ルールを定めている。しかも随所に取締役の善管注意義務や説明責任に論及しており、その点から取締役の行動を拘束する意図がにじんでいる。これを見ると、アドバイスを求められた弁護士は、本指針に従ったアドバイスをするであろうし、それに反した行動をとったときに取締役の善管注意義務違反に問われるリスクがあるとアドバイスするかもしれない。そうなれば、企業買収はより活発に行われるようになる可能性がある。

なぜここまで踏み込むこととなったのか。日本経済が順調に成長していた時代や停滞しながらもなんとか生き延びてきた時代には、役員や従業員が買収に反対してもある程度の社会的共感は得られた。対象会社の従業員が冷遇されることはしばしばあるからだ。つまり投資家と従業員の利益は相反していたのだ。しかしESG(脱炭素)や生成AI等のDXの時代となり、日本の企業が今やっている事業の多くは近い将来消滅するか大転換するほかない状況である。事業ポートフォリオの見直しは喫緊の課題であり、それは株主利益にも直結するが、労働者の利益にも直結している。儲からない商売や先行き消滅する事業に固執していては、多くの労働者が職を失うし、賃金も上がらない。したがって、今やM&Aを通じた事業ポートフォリオの転換は、マクロ的には株主と役職員の利害が一致しているのだ。

歴史的に見ると、敵対的企業買収ができるというのはスクイーズアウトで強制的に株式を取り上げることができるということであり、それは所有権の絶対性の制限である。産業革命以来、資本主義の大前提であった所有権の絶対性がここに来て変容し始めている。また、DXにより、リモートワークやフリーアドレス制が増加し、会社員が朝から晩まで「会社」という同じ場所にいて同じ価値観の中で生きていくという仕組みが崩壊しつつある。労働者を家庭から切り離して同じ場所に長時間共同生活させることがやはり産業革命以来の資本主義の特徴であったことを考えると、この点でも資本主義の大前提が変容しつつある。徹底した功利主義と個の尊重が21世紀の視点だ。人の幸福のためには、社会人類学的な分析も必要である。

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