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中村直人弁護士コラム 第103回

株主提案(1) 証券市場の要請と株主提案

弁護士 中村直人

株主提案権の行使が急増している。その内容も、従来型のものに加え、ESG関連など大きく変わってきている。企業の対応も変化を迫られている。それは現在の経済情勢の大きな変動が背景にあるからだ。順番にその大きな流れを見ていこう。

現在、日本企業には大きな課題が多数立ちはだかっている。まずは環境問題であり、脱炭素に向けて事業の転換をしなければならない。コロナ禍と生成AIの急速な進化に伴いDXも達成しなければならない。それらのためには人材の育成、再配置が必須の課題である。さらに地政学リスクや人権リスクも増大しており、サプライチェーンの再構築等も急務になっている。

このようなたくさんの課題が迫っている中、世の中では、賃上げが日本経済再生の鍵になっており、そのためには企業は収益性・利益率を向上させなければならない。東証もPBR一倍未満の企業に対して対策を求めており、それが大きな流れになっている。

また長期金利はここ2,3年上昇傾向にあり、長かったデフレの時代を脱却し、金利がある世界に変わろうとしている。金利がある世界では、投資判断は迅速に行われる必要がある。マイナス金利の時代は急いで投資をするインセンティブはなかった。この変化は重大である。こうなると、企業は、あまりに潤沢な手元資金を持ち続けるわけにはいかず、投資するか、株主に還元するかどちらかにするほかない。そこで各企業も東証の要請に応じて剰余金の分配や自己株式取得に走っている。

株主提案権は、環境問題に関する提案や社外取締役・役員報酬・買収防衛策廃止等のガバナンスに関する提案、情報開示に関する提案、剰余金分配の提案などが増加しており、その主張自体は正当なものになってきている。それが大きな変化だ。従来は会社に対する嫌がらせやたんなる財務操作、特定の主義主張、個人的な怨念等に基づくものばかりで、提案権の存在意義を疑わせるものばかりであった。しかし今は「正論」を掲げるものになってきている。SNSの世界でも、正義を振りかざすことが優位を獲得する手法になっているのと同じだ。環境問題にしろ、人権問題にしろ、ガバナンスにしろ、正面から否定はできない。

企業の側でも、東証の要請に従って、剰余金の分配や自己株式取得などの対策を進めており、その行為自身が、逆に言えば、余剰な手元資金は投資するか返戻することが「正論」であることを認めた格好になっている。有報では、ESGに対する対策を詳細に開示しており、企業も環境問題やDX、人材育成等の価値観を認めている。最近公表された経産省の「企業買収における行動指針」では、高額な買収提案や企業価値が向上する買収提案には応じることを実質的に求めており、これまでの買収防衛策は否定されたも同然である。さらに政策投資株式の売却が急速に進んでおり、株式持ち合いは経済界においても支持できなくなった。つまり環境・人権問題や剰余金のあり方、ガバナンスのあり方、株式持ち合いの否定など、価値観が投資家側と企業側で一致してきたのである。

その大きな背景には株式の保有構造の変化があり、日本でもようやく個人の株式投資が増加し、投資のリターンが個人・労働者に帰属するようになりつつある。株価も、過去最高値をつけた。しかも賃上げのためには経営改革を避けて通ることはできない。要するに、投資家の利害と企業、労働者の利害が一致し始めているのである。

このように「価値観の一致」と「利害の一致」の時代の株主提案権行使に対しては、企業としても正面からしっかり議論する必要がある。投資家達を正論で説得しなければならない。

もちろんだからといって、株主提案を皆受け入れるわけではない。上記のように「正論」をかざした提案は、その趣旨においては賛同できるとしても、それを定款に書いたり、その他の株主総会決議によって確定させることは、別のリスクがある。かえって時代の変化について行けなくなったり、取締役の義務の内容に疑問を持たせたり、会社の行為の効力に疑問が生じるなど、経営の硬直化、不安定化をもたらす危険もある。つまりその「正論」を実現するための方法として、定款変更等の株主総会決議は不適切であることが多いのである。最近は、判例・学説においても業務執行に介入する株主提案の是非についてたくさんの議論が生じている。

必要なのは、共通の「正論」を達成するためのプランを示し、その中身を多くのステークホールダーと対話することである。機関投資家の株主提案に対する議決権行使行動を見ても、一概に賛成とか、反対とかに偏しているわけではない。会社の経営方針や具体的なガバナンス体制、さらには真剣さへの信頼によって態度が変わっている。企業としても、誠実性への信頼を高めていくことが株主提案への対応のポイントである。そのためには株主提案権に対する対応でも、フェアで透明な意見の表明や議論に努めることが重要だ。また社内の手続きも、事務方任せにするのではなく、社外役員を巻き込んで経営方針の一環として十分な議論をすべきであり、そのためには議論のスケジュールを立てて、意見形成を図るべきである。

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